スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

【小説】お蔵出し:『よろしければ私とお付き合いいただけませんか』

 富田です。

 次回の新刊に収録する予定の小説をほんの少しだけ掲載してみます。
 ご笑覧頂ければ幸いです。

 タイトルは『よろしければ私とお付き合いいただけませんか』、紀行文風の小説です。



 蝉の鳴き声が至る所で響き合う八月下旬。

 私は風情溢れるローカル線に揺られてとある漁師町へと降り立った。草の根運動で経営危機をなんとか乗り越えたことで一躍有名となったこの路線ではあるが、大半の乗客は名物である煎餅を堪能すべく終着駅の一つ手前で降り、終着駅まで路線を堪能した者も多くはそのまま引き返す。終着駅から眼前に見下ろせる漁師町まで足を運んだのは私ぐらいなものだった。

 漁師町までは裏路地のような道をただひたすら下っていく。時折、地元住民であろう年配の女性が軒先で雑談している姿を見かける。私のような明らかな余所者は皆無だ。町を見渡してみればコンビニエンスストアやスーパーの類は一切無い。あるのは鄙びた個人商店のみ。普段の買い物もここで事足りるのだろう。この町は『地域共同体』としての町の雰囲気を色濃く残している…と感じた。

 そんなことを考えながら私は漁師町へと足を進めていた。この時間ともなるとすっかり静かである。多くの漁船が係留され、時間帯が時間帯であれば活気溢れる漁師町を眺めることが出来たのだろう。この時間に漁師は居るだろうか…そう思いながら辺りを見渡す。

「この時期は何が穫れるのですか」

 私は近くに居るであろう…いや、居て欲しかった漁師にそう尋ねたかった。が、漁師の姿はなかった。見事に漁師のいない時間に訪ねてしまったようだ。聞こえてくるのは鴎と蝉の鳴き声のみ、見渡しても人の姿はない。どうやら完全にタイミングを逸してしまっていたようだ。まことに残念である。朝の競りも終わりすっかり静まってしまった漁協の魚市場と漁船が並ぶ海をぼうっと眺めつつ、軽自動車一台がやっと通れるくらいの路地を通り抜けて先程の終着駅へと戻る。

 次に目指すのは煎餅でお馴染みの隣駅。先程、観光客が次々と降り立った駅だ。私はこの時は敢えて煎餅を買わず、駅から少し離れた海へと一目散に向かった。嗅覚を研ぎ澄ましてみると、海が近づくにつれ潮の香りが増してくるのがわかる。そして、観光客も増えてゆく。それと同時に、観光客をターゲットにした店も増えてくる。そんな店に据え付けられていた音が割れ気味のスピーカーから演歌調の歌謡曲が流れている。その音楽のせいか、周囲が寂しく見えてしまう。実際のところ、観光客は多くおり決して寂しいということはないのだが。

 そんな光景を横目に見つつ海へと向かう私。海辺に今日の朝刊を敷き海を眺める。今日の波は荒れ模様である。それでも、海と戯れる親子連れやカップルはそれなりに居る。潮干狩りに精を出し、何かが穫れる度に喜ぶ子供達や、時折嬉しそうな悲鳴をあげながら波と戯れる親子連れ。そして水着姿で砂浜に寝転ぶカップル。海へと来る目的も様々だ。ここでも人間模様を垣間見ることが出来る。彼らからすれば、その中で大きめのビジネスバッグを肩に掛け、ただ何も考えずに海を眺める私は余程異端に映ることだろう…いや、そんなことはない。私が自意識過剰なだけだ。その時はそう思っていた。

「もしもし」

 ただ何も考えずに海を眺めたところで帰り支度をしていた私の肩を数回叩く…というよりも撫でるというほうが正しいか。そんな人がいた。振り向いてみると三十路に少し差し掛かるくらいだろうか…それくらいの女性が笑顔を振りまきながら立っている。

「今日は何をしに来たのですか」

 あまりにも突然の質問にしどろもどろになりながらも、私は仕事ついでに海を眺めに来たことを説明する。眼前の海が轟音を立てて波打っているせいか、お互いの声が若干聞き取りづらい。今日の海はやはり荒れている。

「海には入らないのですか。眺めているだけでは勿体ないですよ」

 私はこの地へ旅行に来たわけではない。このあとには取引先との打ち合わせがあった。海と戯れたい気持ちは山々であったが、如何せん海に入ることなど想定していなかった私。水着や替えの下着も持ってきていない。そんな私からすれば突拍子もない提案であった。

「入りたいのは山々なのですが…このあと仕事があるもので。服や身体を汚すわけにもいかないのです。水着も持ってきていないですし」

 私はそのことを正直に話した。波音とともに波と戯れるカップルの楽しそうな悲鳴が傍から聴こえてくるのがわかる。ふとそちらにめを遣ってみると男が横になり波に呑まれている。つくづく、愉快な光景である…と思う。

「そうですか…それは残念なことで。あなたと海で戯れることが出来れば良かったのですが」

 意外な返答。私と海で戯れたい? 一体どういう意味なのか。質問を投げかけてみる。

「何故私なのですか。私以外にも海と戯れている人は山ほど居るではありませんか。ただ単に海を眺めているだけの、何の楽しみも見いだせないような私よりも絶対楽しいと思いますよ」
「…楽しみを見いだすという面では確かにあなたの仰る通りかもしれません。しかし、私とあなたは同じような匂いがする…そう思ってお声掛けしたのです」

 同じような匂い…そんな意味深な言葉に惑わされつつも、私と彼女は会話を続けた。話によれば彼女はフリーライターだそうで、仕事と称してあらゆる場所をさまよっているという。決して自由な旅が多い訳ではないが、仕事で旅が出来るということ自体が最高の楽しみである…とのことだ。

 そんな彼女が夏のオフの日に決まって訪れるのがこの地であるという。折角だからということで海で人と戯れたいと云うが、とある事情もあってなかなかそれが実現しないらしい。そして、彼女は私がそれを実現するに値する人間である…と判断したという。しかし、『同じような匂い』という部分にはあまり触れたがらない彼女。かなり気になるが触れておかないことにする。照り返す太陽に負けた私は、彼女と一言二言交わしてこの場から離れることにした。

「また会いましょう、さようなら」

 ―彼女のこの一言が脳裏から離れなかった。また会う機会などあるのだろうか、などと思いながら。

<お蔵出しはここまで>



 …こんな感じの小説を新刊に向けて書いていきます。ヨロシク。

テーマ : 短編小説
ジャンル : 小説・文学

コメントの投稿

非公開コメント

twitter
Pixiv
Pixivにも小説をアップしていますので、よろしければどうぞ。
http://www.pixiv.net/member.php?id=4716830
リンク
検索フォーム
QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。