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【雑なる文章】ありったけの情熱紡いで。

 …言葉さえ今意味を見ない。富田です。

 最近は物書きを再開した割に文学から遠ざかっている、とつくづく感じます。

 新書などはそれなりに読んだりしたりはしているのですが、ここ数ヶ月でまともに読んだ作品といえば園子温の『愛のむきだし』くらい。もっと広い視野を持つために色々と手を出してみたい…とは思うのですが、その割になかなか手が出ないでいます。何から吸収していけばいいのかよく分からなくなり迷走しているという具合です。

 そもそも私の場合、脳内で作り上げた映像をテキストに書き起こすという感じなので、既存の文章から何かを引っ張りだすということが意外と難しく感じたりするのです。勿論、吸収できるものは多くありましょう。しかし、脳内映像をテキスト化するほうが楽といえば楽なのです。

 ただ、最近になって『それでいいのだろうか?』と思うことが多くなってきました。脳内映像をテキストにすること…それは確かに面白く、快楽を伴う作業ではあります。コミティア101の新刊もそれをコンセプトに執筆しました。しかし、それに囚われすぎたが故に表現力に乏しいテキストを垂れ流しているだけなのでは?と思うことも増えてきました。

 単刀直入に云ってしまえば、物書きを自称する割に読書量と語彙、そして表現力が乏しくなってしまったのですね。高校時代は物を書く参考にするため、そして趣味でそれなりに読書をしていましたが、今となってはその頃の読書欲と志などは何処へやら…と云った具合。非常に宜しくない方向へと傾いています。

 試しに高校時代に書いた小説を読み返してみたのですが、その頃の自分は苦悩しながらも様々な媒体から何かを吸収することにより、自分自身の『表現』を模索していたように思えます。それが今は何だ、脳内映像をテキスト化することに傾倒して何かを吸収することを忘れているではありませんか。高校時代のほうが明らかに純粋にテキストを綴っていた…と思わずにはいられません。

 …今からでもいいから、もっと文学に触れたほうがいいのでしょうね。そうすれば表現の幅も広がることでしょうし。
 まだまだ遅くない。きっと。

テーマ : 物書きのひとりごと
ジャンル : 小説・文学

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